古典における「主」(主神)の記述

アカイイトの最終ボス主の呼び方の元ネタは景行紀の主神か?

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『日本書紀』 巻第七 景行天皇四十年是歳

日本武尊はさらに尾張に帰られ、尾張氏の女宮酢媛をめとって、長く留まられた。そこで近江の五十葺山(伊吹山)に、荒ぶる神のある事を聞いて、剣を外して宮酢媛の家におき、徒歩で行かれた。胆吹山に行くと、山の神は大蛇になって道を塞いだ。日本武尊は主神(かむざね)<神の正体>が蛇になった事を知らないで、「この大蛇はきっと神の使いなんだろう。主神を殺す事が出来れば、この使いは問題では無い」と言われた。蛇を超えてなお進まれた。この時、山の神は雲を起こして雹を降らせた。霧は峯にかかり、谷は暗くて行くべき道が無かった。さまよって歩くところが分からなくなった。霧をついて強行すると、どうにか出る事が出来た。しかし正気を失い酔ったようであった。それで山の下の泉に休んで、そこの水を飲むとやっと気持ちが醒めた。それでそこの泉を居醒井という。日本武尊はここで始めて病気になられた。(以下、略)

・解説

言わずと知れた日本武尊が病没する経緯の話である。主神とはこの話では伊吹山の神の正体という意味で、カムは神。サネは核。中心となるものの意。古事記では「其の神の正身(かむざね)」とある。この話の中で自然災害を起こしている主神は大蛇であり、『平家物語』巻第十一剣巻では「大蛇は風水龍王の天下りし、(素戔嗚命に殺され)死してのち、近江と美濃とのさかひなる伊吹の明神これなり。」つまり、この大蛇は八岐大蛇であると伝えている。(但し、『古事記』では白猪である。)アカイイトの主は、柳田國男の「機織り御前」に見られる池の主などにもその類似点が見られるが、そのような矮小化された存在としての主よりは、景行紀の伝承の主神の方がより相応しく思える。

ノゾミルートでミカゲは

主の分霊―主の御影―影身のあやかし

と説明されているが、「形影」で「ミカゲ」と呼ぶ場合は「御正体」という意味となり、「主神」の「神の正体」と意味が通じる。(但しここまで想定していたのかは不明)
主と呼ばれているのは八岐大蛇の末裔という設定である為、日本武尊を病気にした大蛇の「主神」とかけている面もあるのだろう。

なお、民俗学的な「ぬし」の解釈については馬場あき子氏の『鬼の研究』(ちくま文庫)の「衰弱する<ぬし>の系譜」に詳しいので、興味がある方はそちらを参考にしてください。

参考文献

『日本書紀(上)』 宇治谷孟 講談社学術文庫
『日本書紀(二)』 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注 岩波文庫
『平家物語(下)』 校注者 水原一 新潮日本古典集

アカイイトの主と関連する項目

1.古典における「主」の記述(天香々背男・天津甕星)
葛城之一言主考察(主は最初は一言主だった?)
武葉槌命が天津甕星を封じる事が出来たのは何故か?