観月の民・隼人

「鬼切りの鬼」と呼ばれる観月の民・隼人とは如何なる一族なのか?

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『アカイイト設定解説ファンブック』によると、隼人は観月の民であり、「鬼切りの鬼」であるという。(無論これはあくまでもゲームの中での設定の話である)
隼人とは古代南九州の住人で、熊襲の後裔を隼人とする説などがある。大和政権に従わない幾つかの部族に対する名称と思われるが、必ずしも朝廷に反抗的だった訳ではなく、履中即位前紀では皇子の近侍した隼人がいたという伝承や、山幸彦に敗れた海幸彦の子孫が隼人になり、朝廷で芸を行ったとする神話は、隼人は皇族に近侍して芸能を行ったものであったことから生じた。それは、珍しい異民族をことさら身近で用いる習俗である。

「魏志倭人伝」によると、倭の男子はみな髪を束ねて結い、もとどりをあらわし、木綿を頭にかけたとある。これは中国福建省のシャ族の伝説では、国初に高辛帝が約束を守って自分の娘を、大功を立てた犬頭人の妻としたが、頭が犬なので布をもって頭を隠した。シャ族はこの犬の末裔であり、今日シャ族が頭の前方に布面影であるの布佐を下げるのはそのためであると。この風習は「木綿を頭にかけ」た倭人の風習を連想させ、『万葉集』第十一巻に肥人(くまびと)が染木綿で額髪を結んだとあり、(「肥人の額髪結へる染木綿の染みにし心我れ忘れめや」)肥人は隼人と同類と考えられている。『日本書紀』履中紀には刺領布という名の隼人が登場する。『延喜式』の隼人司条には、天皇の行幸の際、犬吠えする隼人は紅い帛の肩巾をつけ、白赤の耳型の木綿の鬘をつけるとある。(因みにこの時に隼人を率いる者を大衣と言う。)

海幸・山幸の神話の結末で、ホスセリがヒコホホデミに向かって命乞いをし、自分の子孫はあなたの狗人となるから許してくれと哀願し、そこでホスセリの子孫の隼人達が宮殿の垣根を離れず、代々犬が吠える真似をして奉仕したと、『日本書紀』にあるのは、恐らく隼人の子孫が犬であるという伝承を踏まえて設立したものであろうと言われている。

アカイイトでは浅間サクヤと同じ観月の民の一族で、鬼でありながら鬼を狩る一族なので「鬼切りの鬼」と呼ばれているという設定。口さがの無いものには犬と呼ばれているという設定は、上記の様な隼人と犬と関わる伝承から生まれた設定だろう。

因みにアオイシロで喜屋武汀が溺れてしまうシーンは隼人舞のオマージュである事はアオイシロ元ネタ分析で紹介してありますので、興味がある方はご覧ください。

・犬飼部と隼人

アカイイトの浅間サクヤルートでは浅間の長の話で犬飼部として、大王の臣籍にある隼人の長から使いが届いているという話が出てくる。これは近畿に移住した隼人の分布地が犬飼部と重複することから想定した設定であろう。犬飼部は屯倉(朝廷の直轄領で、農地と耕作農民を含み、更に穀物を収穫する倉)の結びつきから、屯倉の守衛に隼人が使役されたという説がある。たとえば、大和国宇陀郡阿陀郷を例にとると、五条市に阿多(阿多とは朝廷に従事した隼人の有力な一族、阿多隼人を指す。「コノハナサクヤヒメの別名と浅間サクヤの関わり。」の項目も参考にしてください)、犬飼町、今井三宅、野原三宅、西阿多宮毛など「ミヤケ」の地名がある。『新撰氏姓録』右京神別にも、「阿多御手犬養 同神(火闌降命)六世の孫、薩摩若相楽の後なり」とみられる。

・隼人と月の信仰

隼人達が信仰したという月読神社が桜島や阿多にあり、隼人が移住した山城(京都)にもある。京都市西区西京区葛野坐月読神社(松尾大社の摂社)、京田辺市大住の月読神社である。大嘗祭に演じられる大住隼人舞は京田辺大住の月読神社にも奉納される。月信仰は記紀神話の桂の木に宿る精霊の逸話や、潮の満ち干をあやつる瓊の説話(アオイシロにも登場する海幸・山幸の神話)に示されているという。
観月の民の月の信仰に関しては、隼人が月を信仰していた事をヒントにしながら、独自に話を発展させたのだろう。

・コノハナサクヤヒメの別名と浅間サクヤの関わり。

『日本書紀』神代下巻 第九段によれば「大山祇神の子。名は神吾多鹿葦津姫。亦の名は木花開耶姫」と書かれている。「神吾多鹿葦津姫」は『古事記』では「神阿多都比売」と表記されているように、吾多は薩摩国阿多郡阿多郷(鹿児島県加世田市あたり)で、阿多隼人の本拠地であった。つまりこの女神は隼人の女神であり、ニニギの命が隼人の女神を娶ったという話を伝えているのである。

浅間サクヤが姿を消しているノゾミを見つけ出すシーンなどは、大和朝廷が隼人に宮門を護らせて、犬吠えをして悪霊を払わせていたことがモチーフであろう(1)。隼人には悪霊の類を見分け、払う力があると信じられていたから、曲がり角の様な場所(2)では隼人を先に行かせていた。
以上の様に、浅間サクヤはその名前も能力も隼人と関わりが深い物であろう。

(1)『延喜式』の規定によると、宮廷の重要な儀式(元旦、その他)の際、隼人百数十人は官人の指揮で応天門の左右に陣し、このうち今来の隼人と呼ばれる二十人が群官の参入のとき犬の吠え声を発するなどのことが記されている。

(2)民俗学的には昔の人は曲がり角や橋など境には悪霊や妖怪の類が存在すると信じられていたらしい。

追記・コノハナサクヤの姨と石の伝説

隼人の伝承とは異なるが、木花開耶姫の姨と石に関わる伝説が存在し、個人的にはアカイイトの設定に影響を与えているのではないのかと思うので、取り上げてみる。

柳田國男は「老女化石譚」で「『善光寺道名所図会』等に引用した縁起の文に木花開耶姫の姨御前大山姫、姪女に送られてこの山(姨捨山)に登り、この石に腰を掛けて秋の月をながめ、ついに月の都に入りたまう」という伝承を紹介している。

当方の調べ方が良くないのか、『善光寺道名所図会』に同様の伝承を見つけることはできなかったが、千曲市八幡に同様の話が伝えられており、諏訪の神建御名方命に頼み、月の都に昇っていったという伝承や、長楽寺の縁起に木花開耶姫が醜い容姿ですさんだ心の大山姫を慰める為に仲秋の月を見せ、感動した大山姫が大石から身を投げ、その大石を姨石、姨岩と呼ぶようになったという伝承がある。姨の悲願を込めて生えた桂は千年を超えて若々しく茂り、市指定記念木となっているというのが、アカイイトの槐を想像してしまう。観月の民は磐長姫の伝承をモチーフとしているが、恐らく姨の大山姫を意識した設定でもあるのだろう。

浅間サクヤと観月の民に関連する項目


参考文献
『『古事記』『日本書紀』総覧』 新人物往来社
『白鳥伝説』 谷川健一 集英社
『新訂 新訓 万葉集 下巻』佐佐木信綱・編 岩波文庫
『日本書紀(一)』 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注 岩波文庫
『熊襲と隼人』 井上辰雄 教育社歴史新書
『先代旧事本紀[現代語訳]』 安本美典[監修]・志村裕子[訳] 批評社
『古事記(上) 全訳注』 次田真幸 講談社学術文庫
『日本書紀 T』 監訳者・井上光貞 訳者・川副武胤 佐伯有清 中公クラシックス
『民俗学の愉楽』 谷川健一 現代書館
『妹の力』 柳田國男 角川スフィア文庫

おまけ・葵花子先生の解説

上記動画の25分32秒頃から葵花子先生が隼人の解説をしてくれます。宜しければご覧ください。(サムネは気にしないでくださいW)