『尾張国風土記』逸文 熱田社

「剣」に関する記録・伝承のご紹介

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アオイシロの剣のモチーフ、草薙剣には尾張国の熱田神宮造営の縁起が伝わっている。その内容を以下に紹介する。

・『釈日本紀』 七巻 (『尾張国風土記』逸文)

「尾張国の風土記にいう。―熱田の社は昔、日本武尊が東の国を巡歴されてお帰りになった時、尾張連の遠祖宮酢媛命(みやずひめのみこと)と婚されてその家にお泊りになった。夜に厠に行って、腰につけていた剣を桑の木に掛け、忘れたまま殿にお入りになった。気が付いて驚き、また往って取ろうとなさると剣が神々しく光り、取ることが出来なかった。そこで宮酢媛に「この剣は神の気がある、斎き奉り吾が形見とせよ」と仰られた。よって社を建て、郷の名により宮の名とした」

ミヤズヒメとは草薙剣を奉った尾張連の祖であり、ヤマトタケルの后である。『古事記』ではヤマトタケルが東征の帰途に尾張国に立ち寄り、予てからの約束通りミヤズヒメと婚し、草薙剣を置いて伊吹山の神を退治に出かけ、氷雨に撃たれ病気になり、伊勢の国で薨じた。ミヤズヒメは剣をそのまま奉り、その子孫が代々祀るようになったという熱田神宮の縁起が記されている。

『尾張国風土記』逸文の話は松前健氏によると、本来ヤマトタケルとは無関係な、日の巫女と尾張の巫女的氏族女祖ミヤズヒメとの神婚伝承であり、また日の御子の神霊の御正体としての霊剣の奉仕由来譚なのであったらしく、桑の木にかけた神剣が光り輝くというのは、おそらくこの社での、この霊剣祭祀の実際の記憶であろうと推測している。

松前氏の説の補足をすれば、桑の木に関しては「桑原桑原」と唱える雷除けの言葉が知られており、桑畑に居れば落雷を免れるという俗信がある。この言葉は歌舞伎の「鳴神」に「南無三方雷じゃ。夥しう鳴るは桑原桑原」という台詞が出てくることから、江戸時代初期には使われていたらしいが、元々桑には神聖な物、厄災を払う力があるという観念があったらしい。例えば桑畑で草履を揃えて脱いだまま山に入った女を先祖に持つ伝承が東北地方に伝えられているのは、桑の木の下で行う神祭があったのではないかと言われている。

『遠野物語』で有名なオシラサマの像は桑の木で馬の頭を作り、娘の首と一対の木偶となって祭られているものがある。これは『捜神記』にある馬の恋の物語が伝わったものであろうと石田英一は推測している。桑の樹を聖樹とする信仰がある事は中国最古(前五世紀)の地誌『山海経』には登場しており、桑は蚕を育てる事から聖樹信仰が生まれたらしく、「桑封」という桑の木そのものを神とあがめた例もあり、日本にもそうした聖樹信仰が伝わったという。左記の説が事実であれば、既に古代の日本には桑の木の聖樹信仰が存在しており、松前氏の言う様に桑の木に剣をかけるという霊剣祭祀は行われていた可能性が高い。『捜神記』巻三には家族が次々と死んだり病気になったり貧苦に喘いでいる男が占ってもらい、占い師が言うとおりに桑の木に馬の鞭をかけ、三年後に井戸がえを行うと大量の銭や銅器、鉄器が出てきてそれから商売が繁盛し、病人の健康が回復したという話があるが、恐らくこの話が『尾張国風土記』逸文の熱田社の縁起譚のモチーフであろう。


これまで桑の木の伝承に関して述べてきたが、草薙剣の神威に目を向けてみると、『尾張国風土記』逸文ではヤマトタケルが取ることが出来ない程の霊威を持った剣をミヤズヒメに託されたということは、ミヤズヒメには剣を取り扱う事が出来た事を示唆する。『古語拾遺』の崇神天皇の御世や、『日本書紀』の天武紀などでは草薙剣の霊威を怖れる記述があるように、草薙剣を扱うには何らかの資格が必要であり(アオイシロでは皇室の血という事ですが、『古語拾遺』や天武紀を見る限り、この設定には疑問を覚えますが……)その資格を持ったのがミヤズヒメだったということではないのか。
神武天皇東征の際、神の毒気にあてられ天皇軍が全て眠ってしまった時に、タカクラジという者がタケミカズチの神よりフツノミタマの剣を高い倉に下され、タカクラジがその剣を神武天皇に差し上げたところ、天皇軍は全て目を覚ましたという話がある。このタカクラジの子孫がミヤズヒメである。『先代旧事本紀』天孫本紀にアマノカゴヤマノミコト(タカクラジの別名)の息子にアメノムラクモの名があるのは記紀神話が書かれた後の創作だとしても、ミヤズヒメの系譜である尾張連は何かと霊剣と関わりが深い氏族のようだ。(蛇足ながら、タカクラジ(アマノカゴヤマノミコト)は当サイトのアカイイトSS〜紅紡にも登場します。興味がある方はご覧ください。)

根方維巳(ナミ)少々強引ながら、このミヤズヒメに当たる人物をアオイシロのキャラクターに当て嵌めてみるとナミ(根方維巳)であり、ナミも草薙剣をモチーフとする剣の力を抑える事が出来る。桑の木に剣を掛けたことに何か祭祀的な意味があるとすれば、祓魔の椿に摩多牟の力を封じていたナミ(オヤス)にも共通点を見出すことが出来る。
そして、小山内梢子をヤマトタケルに当て嵌めるとすれば、「わだつみにその身をささぐ」エンディングで剣を抱えながら入水した相沢保美はオトタチバナヒメであり、双子の姉妹がヤマトタケルを取り巻く二人の后に準えて考えられた設定だとすれば、タマヨリ(ナミ)―トトヒ(保美)と同じく面白いものではあるが深読みのし過ぎだろうか?

■草薙剣に係わる伝承とアオイシロのキャラクターの(想像)相関図

 相沢保美(入水)  →  小山内梢子(剣の使い手)   ←   根方維巳(剣の力を抑える)
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 オトタチバナヒメ  →   ヤマトタケルノミコト  ←   ミヤズヒメ

なお、当方作成のアオイシロWKS・秘曲剣巻草薙篇にミヤズヒメをモチーフとしたキャラが登場します。宜しければご覧ください。→外部サイトYoutube秘曲剣巻草薙篇ルートB動画


参考文献
『風土記』 武田祐吉 編 岩波文庫
『謎解き日本神話』 松前健 大和書房
『民俗学辞典』 柳田國男・監修 東京堂出版
『日本史を彩る道教の謎』 高橋徹・千田稔 日本文芸社
『捜神記』 干宝・著 竹田晃・訳 東洋文庫10 平凡社

関連項目

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