アカイイト二次創作小説

アカイイトSS~紅紡異伝 鬼部伝説

当作は個人的に『古事記』で最も好きな話をモチーフとしております。

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外伝六之巻 葛城之鎮魂歌

ここに都夫良意美、この詔命を聞きて自ら参出て、 佩ける兵を解きて、八度拝みて白さく、 「先の日問ひたまひし女子、訶良比売は侍はむ。 また五処の屯宅を副へて、献らむ。 然るにその正身参向はざる所以は、 往古より今時に至るまで、 臣連の王の宮に隠ることは聞けど、 未だ王子の臣の家に隠りまししこと聞かず。 是を以ちて思ふに、 賤しき奴意富美は力を竭して戦ふとも 更に勝つべきこと無けむ。 然れども、己を恃みて、陋しき家に入り坐しし王子は、 死ぬとも棄てまつらじ」とまをす。

『古事記』 下巻 安康天皇条より抜粋

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葛城高宮と詠われ、大和の地を見下ろす高台にある円大臣の館は、上祖・葛城襲津彦の時代から大王家を支え続けた葛城氏の権威の象徴であったが、今は大泊瀬皇子の軍卒に包囲され、滅亡の危機に瀕していた。
葛城と同じく武内宿禰を祖とし、大和の地を長い間支配続け、同族といって等しい平群、蘇我、巨勢等は大泊瀬皇子の味方となり、形成は圧倒的不利な状況であった。

坂合黒彦皇子は館から出て、柵越えに見える敵の大軍を観て、無念そうに呟いた。

「おのれ……大泊瀬を侮っていた。この短い間にこれ程の軍を集めるとは」

坂合黒彦皇子も弟の中でも大泊瀬皇子が際立った能力を持つことは充分承知していたつもりだったが、それでも童男に過ぎないと、心の奥底ではタカを括っていた。
だが、マヨワ王の謀反後、いち早く大伴連を率い、主導権を握った事、そして裏工作で平群等を味方に付けてしまった大泊瀬皇子に自分が完全に劣っていた事を認めざるを得なかった。

「大伴だけでも手強い相手ですが、まさか平群、蘇我等も御味方にされてしまうとは……」

それは円大臣にとっても予想外であったようだ。

「せめて汝のいとこ、葛城蟻臣*1は来てくれないだろうか?」

「それは難しいかもしれません。蟻臣は市辺押磐皇子(いちのべのおしわのみこ)*2様に(むすめ)荑媛(はえひめ)*3を后として送っています。蟻臣が吾等の味方をすれば、市辺押磐皇子様まで謀反(ぼうへん)に関わった疑いをかけられます」

「そうか……市辺押磐は穴穂が自らの後継と見込んだ皇子。穴穂が死んだ今となっては最も日嗣の立場に近い皇子であるからな……市辺押磐を護る為にも仕方が無い事か」

葛城蟻臣としては当然の事ながら、謀反を起こしたマヨワ王を庇い、立場が危うく、敗北色が濃厚な円大臣達よりも、市辺押磐皇子の後ろ楯として、自らは動かない事が正しい選択であったと言える。

悪い方向で話が進む中、大泊瀬皇子から釈放された円大臣の館に入っていた坂合部連贄宿禰が努めて明るく言った。

「それでも蟻臣が大泊瀬皇子の陣営に加わっていないだけでも助かりました。今は不利な状況ですが、戦いが長引けば吾等に味方する者も現れましょう。わが主の尾治連や、諸県君、吉備臣、三輪君等も味方してくれるでしょう」

贄宿禰は暗い雰囲気を断ち切ろうと、少しでも前向きな話題をした。

「うむ……そうだな。それにヤマト最強の軍である物部連は今のところ大泊瀬の陣営に居ないようだ」

「はい。そして物部連の上祖は吾と同じく、天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊です。味方にするのは無理だとしても、吾が物部連に頼んで、和解を望むことも出来ましょう」

「申し上げます!!!」

その時、斥候が慌てた様子で駆けこんできた。

「何事だ? 申してみよ」

円大臣の質問に斥候(うかみ)が返事した。

「はい。物部大前宿禰(もののべのおほまへのすくね)*4様。大泊瀬皇子様の陣営に加わりました!!!」

「何だと!!!」

斥候の報告により、軍議の場は火がついたような騒ぎになった。

「何という事だ……物部が大泊瀬皇子の味方になるとは……」

「物部は(まこと)<信義>を重んじる族ではないのか!!!」

「もう吾等はお終いだ……」

物部といえば橿原朝(かしはらのみかど)<神武天皇>の御代以来、大王家の側近中の側近として数々の武功を立てた一族であり、ヤマト最強の軍として名を馳せていた。
只でさえ圧倒的不利な状況であるにも関わらず、更に最強部隊まで敵に廻ったとあっては、動揺を抑えられないのは無理も無かった。
だが、円大臣は不審に思ったことがあったのか? 斥候に尋ね返した。

「大前宿禰だと? 目連ではないのか?」

「はい。大前宿禰様でございます」

「うむ……何故物部の長の座を譲った大前宿禰が……目連は陣営に加わっていないのか?」

「はい。そうでございます」

「何か不思議な事でもあるのか? 円大臣よ?」

坂合黒彦皇子は円大臣が何を疑問に感じたのか尋ねた。

「はい。大前宿禰は木梨軽皇子をお庇いした事で責任を取ったのか、物部の長の座を、我友・物部伊莒弗(もののべのいこふつ)*5の子、物部目連に譲ったと聞き及んでいます。隠り待てた<隠居した>はずの大前宿禰が何故、大泊瀬皇子様の軍に参陣したのか、また、長の物部目連が参陣していない理由が解らぬゆえ、疑問を抱いた次第でございます」

「確かに……何故今更、大前宿禰が?」

「解りませぬ。ですが、恐らく大前宿禰が率いているのは物部の最強の軍では無いと思います」

「そうだな……物部の精鋭は目連に預けているだろうしな……しかし、解らぬな」

いずれにせよ、葛城の陣営が不利な状況に変わりが無く、援軍の見込みも無いまま、決戦の時を待つ以外無かった。

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その頃、大泊瀬皇子の陣営にやって来た大前宿禰は皇子の前に跪き、挨拶を述べた。

「物部連大前宿禰。命により、馳せ参じました。大泊瀬皇子様。お久しゅうございます」

「おお。大前宿禰か。若かりし頃の汝が、去来穂別大王(いざほわけのおほきみ)<履中天皇>をお救いした武勇伝はよく聞かされている。吾等大王の家に生まれた者にとって、汝ら物部のような心強い家臣が存在する事を嬉しく思うぞ」

「ははっ。勿体無いお言葉でございます」

「されど、吾の命は、物部目連に伝えたもの。それが何故、既に隠り待てた<隠退した>汝が来たのだ?」

「はっ。恐れながら、()は円大臣、坂合黒彦皇子様を攻める為に大泊瀬皇子様の御加勢に参った訳ではございません」

大前宿禰の意図が読めず、大泊瀬皇子は怪訝そうな顔で尋ねた。

「ほほう。然らば何故、吾の前に現れたのだ?」

すると、大前宿禰は平伏して答えた。

「はい。円大臣、坂合黒彦皇子様、そしてマヨワ様を殺さないでくださいませ」

「成程、汝は話によると、あの木梨軽の命も救う事を願っていたと言われているな。だが、何故なのだ? 何故、汝は罪人ですら救おうとするのだ?」

「大王の(うがら)同士の争いは宗廟社稷(くにいえ)<国家>の安寧を揺るがす事に成りかねません。神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)<神武天皇>が畝火の橿原宮に坐して以来、穴穂大王まで二十代の大王が日嗣をなさいましたが、未だ大八島国をすべからく言向(ことむ)和平(やわ)す<服従させ平定する>事ならず。これは、大王の族同士の争いが絶えぬためでございます。宋の国が未だに倭国に安東大将軍*6、そして使持節都督*7百済軍事の爵号を除授(官位を授かる)賜わぬのは、このような倭国の状況を見ての判断でありましょう」

「フン。宋の国が除授する名ばかりの爵号など、吾には必要無い。良いか? 大前宿禰よ。支配とは人から与えられるものでは無く、自らの力で勝ち得る物だとは思わぬか?」

「はっ……しかし……」

「言いたい事は解る。宋の国など当てにはしないが、利用できるものは最大限利用させて貰うつもりだ。それよりも、汝が吾を(たす)けぬのであれば、勝手にするが良い。だが、目連はどうしたというのだ?」

大泊瀬皇子は物部の力抜きでも圧倒的に優勢な状況であることと、既に一線を退いている大前宿禰の力など不要であると考えていたが、現在の物部の長である物部目連の動向だけは気にかかっていた。

「目は数名の部下を率い、現在の戦いでは中立の立場である事を表明しました。ですが、これ以上の禍が生じれば、股肘之職(ももひじのつかさ)として成すべき事を成すと言っております」

すると大前宿禰の台詞に対し、大伴室屋は激しい口調で非難した。

「大前宿禰よ。大泊瀬皇子様は目連めの参陣を要求されていたのだ。それに従わぬとは何事だ!!!」

並みの者であれば、恐怖で竦んでしまうであろう大伴室屋の迫力であったが、そこは大伴と同じく、武門の家の長を務めていた大前宿禰は全く臆する様子も見せず、それどころか嘲弄するように答えた。

「大伴の小倅か。目の前の出来事にばかり目を囚われるとは愚かであるぞ。吾等、物部は主君が道を誤ろうとすればそれを御助言するのも役割である。汝ら大伴は何故主君の過ちを正そうとせぬのだ?」

「何を……年寄りの戯言をぬかす。つけあがりおって」

大伴室屋も主君の大泊瀬皇子と同じく激情型の性格であるのか、その為に大泊瀬皇子と気が合っていたのかも知れないが、激怒した大伴室屋は剣の柄に手をかけたところで、大泊瀬皇子は声を上げて制した。

「よさぬか!!! 大伴連よ!!! 吾にとって大伴も物部も共に必要な股肘之職である。それが争いどうするか!!!」

大泊瀬皇子の台詞は全く自分の事を棚に上げていたが、それでも二人は矛を収めざるを得なかった。

「はっ。ご無礼をお許しください」

二人が揃って大泊瀬皇子に謝罪を行うと、大泊瀬皇子は溜息をつきながら話した。

「ふう……まぁ良い。とにかく、目連は大王家にとって更なる禍があればやってくるということだな? 既にマヨワという存在が禍であると思うのだが、目連が吾の敵に廻らぬという事であれば、目連の判断に任せよう。奴には今後、多く働いて貰う事に成るだろうからな」

「ははっ。ありがたき仰せ、感謝致します」

「さて……物部は不参戦だが、吾の傘下には大伴・久米・平群・蘇我・巨勢等が揃っている。恐らく葛城蟻臣も市辺押磐皇子の立場を護る為に円大臣の援軍に参じる訳には行くまい。機は熟した」

大泊瀬皇子は立ち上がると、大伴室屋に命じた。

「大伴連に命ず。汝は将として大伴・久米・平群・蘇我・巨勢、他の諸軍を率い、円大臣を攻めよ!!!」

「ははっ!!!」

「大前宿禰に命ず。ある程度戦況が有利に立った後、汝は和議の使者として、円大臣には吾に従い、坂合黒彦皇子・眉輪王とともに参向(まゐむか)へ<参上せよ>と伝えろ。場合によっては奴らの命ばかりは助けてやらぬ事も無い」

「……御意」

大前宿禰は大泊瀬皇子の言葉を半信半疑に聞いていたが、僅かでも可能性がある限り、これ以上の粛清は止めさせようと思っていた。
去来穂別大王(いざほわけのおほきみ)<履中天皇>以来、何度も大王家同士で血を血で洗う争いを見ていた為、嫌気がさしており、この忌まわしき習慣を終わらせる事が最後の奉公であると決めていた。

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そして、大泊瀬皇子陣営から鏑矢が射かけられたのをきっかけに、戦いが始まった。
塹(堀)と石城(石垣)に囲まれた奥には木を連ねて柵落(木の柵の囲い)が設置され、容易くは敵の侵入を許さぬ造りであった。
楼閣(たかどの)の横にあり、館の出入口と接する広場には円大臣の軍が大楯を持ち、陣営を成していた。門の部分には三本の板柱が立て並べてあり、それが入口を示す評柱であったが、その板柱はあっという間に多くの矢が突き刺さっていた。

「者共進め!!!」

大伴室屋の命で、榎や楠で作られた持ち楯を構え、漆塗りの皮の甲を着た軍衆が館へ続く土橋を渡り、その背後では士気高揚の為、鼓吹の音が鳴らされた。
館からも楼閣や柵落越しに矢が射られ応戦する。
互いに射放つ矢は風に飛ぶ芦の花のように、盛んに飛び散っていた。
短甲を着た葛城円は自ら荒木弓を取り、楼から矢を射かけた。その様は彼らの軍からすれば後世、万葉の歌で詠まれる葛城襲津彦のように頼もしく映った。
新羅遠征などで倭軍の主力部隊として活躍した葛城の軍は精強であり、数で勝る大伴の軍に引けを取らず、一進一退を繰り返していた。
西部の塹(堀)方面から攻める事を任された平群等の軍に至っては、柵落と矢の雨に阻まれ、完全に攻めあぐんでいた。

だが、所詮は多勢に無勢。
次第に館から射かけられる矢の量は減り、葛城軍の劣勢は明白であった。

「よし。この位で良いであろう。一旦攻撃を中断せよ」

大泊瀬皇子は攻撃を止めさせると、呼応するかのように葛城の館からの攻撃も止んだ。
その事を確認すると大前宿禰に命じた。

「大前宿禰よ。汝が使者として黒彦兄王とマヨワを引き渡すように伝えるのだ」

「……御二人の皇子の御命は如何なさるおつもりでしょうか?」

「くどいぞ。場合によっては助けてやらん事も無いと言っている」

「ははっ。それでは仰せのままに」

大前宿禰は独りで円大臣の館の門へ向かうと、楼閣(たかどの)の上に立つ円大臣に話しかけた。

「久しぶりですな。円大臣よ。まさかこのような形でお会いするとは」

「汝は大前宿禰か。既に隠り待てた汝が何用だ? 物部も平群、蘇我の如き信無き者達と同じく吾等に弓引くつもりなのか?」

円大臣は戦いで殺気だっていたが、大前宿禰は気にもせずに話を続けた。

「まぁ、落ち着かれよ、物部は今回の戦いには不参加です。吾は大泊瀬皇子様の使いとして説得に来たのです」

「吾に大泊瀬皇子皇子の下へ参向(まゐむか)へと言いたいのか?」

「そうです。マヨワ様。坂合黒彦皇子様ともどもに大泊瀬皇子様の下へ参向うのです。大泊瀬皇子様は気が短きお方ですが、思慮深きお方でもあられます。円大臣の態度次第では、お二人の皇子の御命ばかりは救われるでしょう」

「汝は三年前、吾と同じような状況に陥り、木梨軽皇子様の助命を願ったが、許されなかった事があったな。その汝が今度は吾を謀ろうと言うのか?」

円大臣の痛烈な皮肉に、流石の大前宿禰も眉を曇らせたが、諦めずに説得を続けた。

「円大臣よ。大臣の務めとは大王を左治(たすけおさ)め、王土を融泰にすることではないのですか? 新たな大王が日嗣されるたびに争いが起きているような状況であるから、宋の国に認められないだけでなく、新羅、高句麗に叛かれるような事態にも陥りかねません。その為には強き新たな大王の下、大八島国を言向(ことむ)和平(やわ)さなければなりません。今はこのような事で大王の族同士、臣連<臣下>同士がいがみ合っている場合ではありません。如何か良くお考えください」

「……汝の気持ちは良く解った。恐らく、それが汝の偽ざる気持ちであろう。だが、大泊瀬皇子様は如何お考えであろうか? 汝と同じ考えなのか? 否。あのお方は吾等、葛城を目の仇にしている事を知っている」

「……それは……。ですが、大泊瀬皇子様は円大臣の女子(むすめ)韓媛(からひめ)*8と妻問いをなさっています。韓媛と屯倉(みやけ)を献れば大泊瀬皇子様の気持ちもお変わりになられるかも知れません。円大臣よ。ここは辛抱の為所です」

「成程。大泊瀬皇子が攻撃を止めた理由はそれか。ならば、お望み通りに致す。吾には準備があるので、その間、汝は大泊瀬皇子の陣に戻られ、暫し待たれるがよい」

「承知致しました」

大前宿禰は何とか和議に漕ぎ付ける事が出来たと思い、胸を撫で下ろすと、その旨を報告しに、大泊瀬皇子の陣営に戻った。
だが、間も無く大前宿禰の願いは虚しく打ち砕かれる事になる。

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大前宿禰から交渉の経緯を聞いた大泊瀬皇子は門の前まで行くと、矛を杖とし、門内部の円大臣の館を伺いながら言った。

「吾が言い交わした嬢子(をとめ)、韓媛はこの家に居るのか?」

すると、円大臣はこの言葉を聞き、自ら出てきた。
その姿を見て、大泊瀬皇子は言葉を交わさずとも円大臣の覚悟を知った。
円大臣は兵<武器>を解き、白い死装束姿であった。
そして、大泊瀬皇子に対し、恭しく、八度礼拝して、話した。

「先日、妻問いなさった女子、韓媛は御側にお仕えしましょう。また、それに五カ所の屯倉(みやけ)*9を添えて献上いたしましょう」

そして、円大臣は顔を上げると、強い意志に満ちた視線を大泊瀬皇子に向けながら言った。

「しかし、私自身は大泊瀬皇子様に従う事は出来ません。その所以は、昔から今に至るまで、臣連<臣下>が王宮に隠れた事は聞きますが、王子が臣連の者の家に隠れた事は未だに聞いた事がありません。この事から思いますのが、賤しき(やつこ)、大臣が力を尽くして戦っても、到底勝つことは出来ません。ですが、私を頼ってこの賤しい家にお入りになられた坂合黒彦皇子様、目弱王様は、例え死んでもお見捨てする事は出来ません」

この円大臣の気迫に、後世、雄略の諡号に恥じぬ、一際輝かしい足跡を残す大泊瀬皇子ですら一言も返す事が出来なかった。
これは上祖・武内宿禰、葛城襲津彦の代から大臣として歴代の大王に仕え、韓諸国で幾多の戦いを経てきた葛城一族の最期の意地であった。
円大臣は踵を返し、入れ替わりに、円大臣の妻が韓媛を伴いやって来た。

「おお。汝は韓媛か。よくぞ参られた」

大泊瀬皇子は我に返り、韓媛に声をかけた。

「先日は賤しきわたしのような者を思し召し頂き、ありがとうございました」

「何。挨拶は良い。ところで、汝の父とは望まず、相対する事になってしまったが、攻撃を止めて欲しいか?」

「いいえ。父には大泊瀬皇子様に父の命乞いをするようなみっともない真似だけはせぬようにと言われています。私達、葛城にも意地があります」

一見、手弱女の様に見える韓媛の強い意志に、円大臣と相対した時のような威圧感を大泊瀬皇子は感じていた。

「そうか……ところで、円大臣の妻よ。汝は何処へ行くつもりだ? 汝も韓媛とともに吾に仕えよ」

韓媛を引き渡すと、再び円大臣の家に帰ろうとした円大臣の妻に大泊瀬皇子は声をかけたが、彼女は首を振った。

「いいえ。私のような老女(をみな)容姿(かたち)既に耆いて、大泊瀬皇子様にはお仕えする事も叶いません。ですが、せめて円大臣と最期を伴にしたいと思います」

円大臣の妻はそれだけ言い残すと、振り返りもせずに円大臣の館の中へと戻った。

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こうして戦いが再開された。
円大臣は楼閣に昇り、再び矢を放ち続け、弓の弦が切れると腰に下げた弦巻<予備の弓の弦>で弓を張り、応戦を続けたが今度は胡簶(ころく)<矢の収納具>の中の矢が尽きてしまった。
円大臣は庭に降り、妻を呼んだ。

脚結(あゆい)を持ってきてくれないか?」

円大臣の妻は悲しみのあまり、胸が壊れそうになって歌を詠んだ。

臣の子は (たへ)の袴を 七重著(ななへを)し 庭に立ちて 脚帯徒為(あゆひなた)すも*10」

それを聞いた円大臣は妻を抱きしめながら申し訳なさそうに言った。

「すまぬな……吾の意地に付き合わせてしまい。だが、何故、韓媛とともに行かなかったのだ?」

「それは、あなたと同じ想いだからです。わたしも葛城の家の者。大泊瀬皇子にせめて一矢を報いたいと思います。最後まで大臣の御側に居させてください」

「ああ。解った。……礼を言う」

円大臣は長年連れ添った妻に対し、心を通わせるのにそれ以上の言葉は必要無かった。
妻を離し、脚結を袴に結び、矛を持った。

「これより最期の戦いに赴く。葛城の生き様を世の人々に知らしめようぞ!!!」

円大臣は僅かに残った手勢に号令をかけ、門外にうって出た。
だが、円大臣の軍の矢が尽きた事を見越していたのか?
待ち構えていた大伴室屋は靫負部に命じた。

「放て!!!」

円大臣の軍に再び雨のような矢が射られる。
ばたばたと仲間が倒れる中、怯みもせず葛城の軍は大王の軍に突撃した。
円大臣は先頭で矛を振り回し、矛が折れると腰に佩いた刀を抜き、敵を斬りまくった。

「老いぼれが。中々やるな!!!」

円大臣の奮戦に灯が付いた大伴室屋は武人としての本能を抑えられず、自ら円大臣の前に現れた。

「葛城円大臣よ!!! その首、吾が貰い受ける!!!」

「汝、大伴連か。よかろう。相手にとって不足無し」

二人が切り結ぶと、剣から火花が散った。
暫くは互角の応酬が続いたが、四代五十年に渡る大王に仕え、既に老いた円大臣と、近年台頭し始め、まだ若い大伴室屋では体力の差が歴然としていた。
膂力で勝る大伴室屋が全力で剣を振るうと、それを受け止めた円大臣の刀は刀身半ばにして真っ二つに折れてしまった。
矢が尽き、矛も折れ、そして最後に残された刀も折られ、円大臣は戦う術を失った。
それでも大伴室屋は容赦なく、攻撃を続けた。

「がはっ!!!」

大伴室屋の剣が、円大臣が着た短甲をあっさりと貫通し、脇腹に突き刺さった。

「円大臣!!! 覚悟!!!」

大伴室屋が膝を突いた円大臣の首を刎ねようとすると、そこへ贄宿禰が駆け付け、大伴室屋の剣を受け止めながら言った。

「円大臣よ!!! ここは一先ず退いてください!!!」

「うぬ……」

大伴室屋に対し、贄宿禰の部下が襲いかかり足止めをしている間、贄宿禰は円大臣を抱えながら館に引き返した。
大伴室屋はあっという間に贄宿禰の部下を斬り捨てたが、敢えて円大臣達を追わなかった。
その様子を見ていた平群真鳥がやって来て、大伴室屋に声をかけた。

「何故追わぬ? 円大臣は虫の息であるぞ?」

「最早勝負は決した。あの傷では円大臣はこれ以上戦えまい。せめて、妻や皇子達に最期の別れを述べさせてやるぐらい良いだろう」

剣を収めながら言う大伴室屋に対し、平群真鳥は嘲るような口調で言った。

「フン。敵に情けをかけるとはな。大泊瀬皇子だったらこのような事はするまい。まぁ良い。あれでは円大臣は助からんだろうからな……はははっ!!!」

高笑いしながら去る平群真鳥の背を大伴室屋は侮蔑に満ちた瞳で見送った。

「下衆が……何れ奴とは合い見える事になるであろう」

この時の室屋の予感は、後世、室屋の孫、金村の代に的中する事に成る。

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「円大臣!!!」

館に引き返してきた円大臣の傷だらけの姿を見て、マヨワは涙を流した。

「その傷は……わたし達を護る為に……すまない。わたしのせいで……わたしの短慮のせいで円大臣や黒彦様を巻き込んでしまった……本当にすまない……」

マヨワが項垂れ、何度も謝罪の言葉を繰り返したが、円大臣は首を振った。

「いいえ。マヨワ様は父王の仇を討つという立派な事をなされたと思います。(やつこ)が父、玉田宿禰が殺されても、何もする事が出来なかったのにマヨワ様は僅か七歳で仇討ちをなされて大変感服致しました」

「しかし……わたし一人、罪を償えば良かったのに、こんなわたしに対し、優しくしてくださった黒彦様や円大臣がこんな目に会う事は無かったのに……」

マヨワの涙は頬を伝い、床を濡らした。
そんなマヨワの頭を撫で、円大臣は優しく話しかけた。

「恐れながら、マヨワ様とは血の繋がりが無くても本当の孫のように思わせて頂いておりました……。このヤマトでは血の繋がり等、所詮は(まつりごと)の道具に過ぎません。だからこそ、血の繋がりの無いマヨワ様とは何の利害も無く、お仕えする事が出来ました」

「円大臣……ありがとう……」

そこへ目に涙を浮かべた贄宿禰がやって来た。

「申し上げます……坂合黒彦皇子様。御自刃なされました。吾が駆け付けた時は、既に瀕死の状態で、大泊瀬皇子様に従う事だけは拒み、円大臣に感謝の御言葉を述べられ、その後、息を引き取られました」

贄宿禰は黒彦皇子の御母<乳母>が贄宿禰の母であり*11、幼馴染でもあった為、悲しみを隠せずに居た。

「……黒彦皇子様が御自刃なされましたか……感謝されるなど、あまりにも勿体のうございます。吾の力が及ばぬ故、申し訳ございませぬ……」

だが、悲しみに暮れる暇も無く、円大臣の家から火の手が上がった。
南方の門側の大伴軍は既に攻撃を止めていたが、ようやく塹柵を突破した平群等の軍が火矢を射かけてきたのだ。
円大臣はマヨワ王に向かって言った。

()は傷つき、矢も射尽くしました。最早これ以上、戦う事も出来ません……如何いたしましょう」

謀反を起こした王子に対してすら、あくまでも臣下の立場を取り続ける円大臣は最後の下知をマヨワ王に促した。

「最早これまでですね。今はわたしを殺してください」

「……マヨワ王様。臣の非力故、御守り出来ず、申し訳ございません!!!」

「いいえ。大臣には感謝しています……ありがとう」

円大臣は大伴室屋に折られた刀を捨て、その場にあった剣に持ちかえ、マヨワ王を一突きで刺し殺した。
あまりにも鮮やかな手並みであり、マヨワ王は少しも苦しむ事無く、笑顔さえ浮かべながら死んでいた。
そして、円大臣は返す刀で自分の頸を斬った。

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炎に包まれる円大臣の館の中、夫の最期を見届けた円大臣の妻は夫の剣を拾うとすぐに後を追った。葛城の軍は皆死に果て、最早、生きている者は贄宿禰唯独りであった。
いや、生きている人は独りであるが、この場で生きているモノは独りではなかった。

「皇子よ……貴方を独りで寂しい想いはさせません」

全てを見届けた贄宿禰は坂合黒彦皇子の体を抱くと、視線の先に、何時の間にか一頭の白い子狐が居る事に気付いた。

「汝は何時からそこに居るのだ? ここに居れば汝も巻き込まれるぞ。早く立ち去るが良い」

獣であるにも関わらず、炎も恐れず、ただじっと贄宿禰を見つめていた白い子狐は贄宿禰の言葉を理解したかのように背を向けた。

「驚いたな。人の言葉が解るとは賢き狐だ。そういえば、確か葛城の神の御使いは狐である*12と聞いた事があったか……。もしかしたら、汝は葛城の神の御使いかも知れぬな。……もし、そうであるとしたら、吾等の無念を……葛城の神に伝えてくれぬか?」

白い子狐は一旦足を止め、贄宿禰の方を振り向き一瞥すると、再び外へ向けて歩み始めた。

「本当に葛城の神の御使いであったかもしれぬな……頼むぞ」

白狐が去ると、炎はそのまま館ごと、皇子の体を抱いた贄宿禰を焼き尽くした。

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こうして、上祖・武内宿禰以来大王家を支え続けた葛城氏は、幼い王子を護る為に最期まで戦い、滅亡した。

それは古い勢力を一新し、新しい時代の到来を告げる夜明けとなったのは事実である。
歴代のヤマト王権は葛城氏を代表とする有力豪族による連合政権であったが、その一角を切り崩した大泊瀬幼武は「天の下治しめす大王」として確固たる地位を築き、日本で初の専制君主となる。『萬葉集』『日本霊異記』で雄略天皇、つまり、大泊瀬幼武の御代の話から始まるのは、雄略天皇が古代において特別な意味を持つ天皇であったからであるらしい。

だが、皮肉な事に、この時の粛清劇が響き、大泊瀬の血統は子の白髪武広国押稚日本根子(しらかみたけひろくにおしわかやまとねこ)<清寧天皇>の代で途絶えてしまう。また、大泊瀬が後事を託した大伴氏の力が強くなり過ぎた事や、その後の大王達は血筋の薄さなどもあり、有力豪族たちを頼らなければならない脆弱な基盤にあった為、結果的に大王独裁政権は僅か一代で終わってしまった。
流石の大泊瀬も子の代の未来までは見通す事は出来なかったという事だが、これは後世の話である。

葛城氏は滅びたが、彼らの記憶まで消される事は無かった。
そして彼らと関わり、残された者の物語はまだ続く事になる。

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■補説

記紀が伝える葛城氏の伝承に関しては史料が少ない事もあり、必ずしも信憑性が高いものでは無かった。だが、近年、奈良県御所市の南郷遺跡郡をはじめ発掘調査が進み、葛城氏の実態が明らかになって来た。特に二〇〇四年十月から二〇〇五年三月まで行われた極楽寺ヒビキ遺跡では石垣を積んだ塀と堀で区画された約二〇〇〇平方メートルの敷地の西側に大型の掘立柱建物、東側に大きな広場があり、その片隅に小規模な掘立柱建物が検出された。この敷地へは、南側で塀をまたぐ幅八メートルの土橋から入れるようになっていた。掘立柱が建っていた板柱を立てた穴の柱があった部分は赤い土に置き換わっていたが、この要因を雄略即位前紀の葛城円大臣が焼き殺されて死亡したと伝えられる事に引き付ける考えがある。(平林章二氏・和田萃氏など)
だとすれば、七歳の眉輪王の叛逆という一見信じがたい伝承も、事実を伝えている可能性があるのかも知れない。

私はアカイイトの尾花と若杉葛のモチーフは、単に一言主と役行者の関係だけでは無く、『古事記』安康天皇条の伝える、幼い王子を命を賭して護ろうとした都夫良意富美(つぶらのおほみ)<円大臣>と、幼少とは思えない逸話を持つ目弱王がモチーフであると考え、この話を元にストーリーを創作しました。

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アカイイトSS紅紡異伝鬼部伝説外伝第六之巻 用語解説

葛城蟻臣(かつらぎのありおみ)*1

顕宗紀によると葛城葦田宿禰の子。市辺押磐皇子(いちのべのおしわのみこ)の妻である荑媛(はえひめ)の父。

葛城の領域は律令制下で北部の葛木上郡・南部の葛木下郡、そのほぼ中央部の忍海郡という領域に別けられるが、葛木下郡は葛城本家、つまり葛城襲津彦・玉田宿禰・円大臣が支配したが、葛木上郡は襲津彦の子・葦田宿禰、その子・蟻臣が支配した地域と言われている。

荑媛の子である顕宗天皇の即位や、一言主の神話などは、葛城本家滅亡後も葛木上郡の分家筋の葛城氏が生き残った事が、まだヤマト王権に葛城氏の影響力を残していたという観方も出来るが、蟻臣以降、記紀に登場する葛城氏の人物名はほぼ姿を消し、欽明朝で葛城山田直瑞子(かづらきのやまだのあたひみつこ)葛城直難波(かづらきのあたひなには)、用明朝の葛城直磐村(かづらきのあたひいわむら)等の名が見られるが、剣根命の後裔である葛城直は葛城襲津彦の後裔である葛城臣とは別氏である。その後に大きく活躍した人物としては崇峻即位前紀の蘇我馬子等が物部守屋を攻めた際に葛城臣烏那羅(かづらきのおみおなら)が居り、後に聖徳太子の側近となったが、天武朝には朝臣のカバネを貰えないまでに無力化して行った。

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市辺押磐皇子(いちのべのおしわのみこ)*2

履中天皇と葛城葦田宿禰の娘・黒媛の子。
安康天皇は生前、市辺押磐皇子に皇位を伝えて後事を頼もうとしていた事が雄略紀に書かれているが、その事が原因で雄略に恨まれ、狩りに誘われ、狩りの最中に射殺されてしまう。

母親の黒媛、妻の荑媛ともに葛木上郡を支配した葦田宿禰系の葛城氏の出身である為、葛城氏の影響力が極めて強い皇子であったと推察される。雄略がこの皇子を殺した事は、皇位継承上のライバルであったと言うだけでなく、本家滅亡後も生き残った葦田宿禰系の葛城氏の影響力を削ぐ狙いもあったのかもしれない。

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荑媛(はえひめ)*3

葛城蟻臣の娘で、市辺押磐皇子の妻。
荑をハエと読むのは草花を指すか。

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物部大前宿禰(もののべのおほまへのすくね)*4

『先代旧事本紀』巻第五「天孫本紀」によれば天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊の十一世の孫。物部麦入宿禰(もののべむぎいりのすくね)の子である。また、同書巻第八「神皇本紀」によれば第十九代允恭天皇二十三年春三月七日、大連となったとあるが、疑わしい。

履中即位前紀の一説によれば、住吉仲皇子が反乱を起こし、太子であった履中が軍に囲まれた時、太子は泥酔していた為、物部大前宿禰が馬に乗せて逃げたという話が伝えられている。

また、安康即位前紀によれば、穴穂皇子(安康天皇)との戦いに敗れた木梨軽皇子が宮を出て物部大前宿禰の家に逃れた時、大前宿禰の家を囲んだ穴穂皇子に対し、木梨軽を殺さない様に嘆願したという話が伝えられている。この話は古事記の安康天皇条では大前小前宿禰が木梨軽を引き渡すという話になっている。

これは記紀に共通する旧辞があり、本来『古事記』の話の方が旧辞に近い内容であり、『日本書紀』では、本来の話における大前小前宿禰を、物部大前宿禰に作り変え、さらに遡って、履中即位前紀の住吉仲皇子の反乱伝承にも登場させたという説や、「大前小前宿禰」が天皇に仕えるお偉方という程度の普通名詞で、物部氏の祖先伝承に組み込まれて人名になったものという説がある。いずれにせよ実在の人物とは考えられていないのが通説のようだ。

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物部伊莒弗(もののべのいこふつ)*5

『先代旧事本紀』巻第五「天孫本紀」によれば天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊の十世の孫であり、履中・反正天皇の時代に大連となったとあるが、事実ではないだろう。
履中紀に平郡木菟宿禰(へぐりのつくのすくね)蘇我満智宿禰(そがのまちのすくね)円大使主(つぶらのおほみ)と共に国の政治に携わったとある。雄略紀では大伴室屋と並び活躍する物部目大連の父である。

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安東大将軍*6

『宋書』倭国伝によると、倭王珍(反正天皇)が四三八年に使節を送った上表文に、日本、百済、新羅、加羅、辰韓、馬韓の軍事統制権(使持節都督諸国軍事)と、高句麗王と百済王と並ぶ、序列二位の安東大将軍の地位を貰えるように要請した。だが、要求は通らず、序列三位の安東将軍の地位を得るのに止まった。だが、倭王済(允恭天皇)は四五一年、新羅、加羅、辰韓、馬韓と日本の軍事統制権を得る事が認められた。それでも安東大将軍の地位は中々得られず、倭王武(雄略天皇)になり四七八年、ようやく安東大将軍の地位を得たが、百済の軍事統制権は認められず、この年で中国への通交は断絶する。

背景には雄略が政治上のライバルを全て粛清した為に、もはや中国の権威をそれ程必要としなくなったことと、四七五年に百済が事実上、高句麗に滅ぼされ、百済の復興に日本が力を貸した事が関係している。『日本書紀』によると、雄略が熊津の地を百済に与えたと書いてあり、これは事実ではないとしても、限りなく臣従という形で百済を再建させたらしく、百済の内政を助ける為に物部氏などを送っている。そして日本の意向を通して幼い王を擁立させた。その為、百済から多くの文物が入り、専制君主として雄略の力が巨大となり、既に中国から認められる必要もなくなっていた。

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使持節都督*7

軍政の官。都督某々諸軍事と続き、使持節・持節・仮節の別があり、多くは数州以上の軍政を統べ、刺史を兼ねる。三国時代に置かれた。日本が百済の使持節都督を望んでも認められなかったことは安東大将軍*6の項も参照にしてください。

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韓媛(からひめ)*8

葛城円大臣の娘。雄略天皇の妃となり、清寧天皇を産む。清寧元年春一月十五日、天皇の即位時に葛城韓媛を尊んで、皇太婦人とされたとある。葛城氏が輩出した最後の妃であるが、清寧天皇は子を産まずに崩御する。

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屯倉(みやけ)*9

朝廷の直轄領で、農地と耕作農民を含み、更に穀物を収穫する倉をも言う。円大臣が娘の持参金のような形で屯倉を献上するのは筋が通らないのだが、必ずしも厳密に直轄領を言うのではないと考えられる。

なお、本文は『古事記』を参考にしている為、円大臣は五ヶ所の屯倉を献上すると言っているが、『日本書紀』では葛城の宅七ヶ所を献上すると言っている。記で言う屯倉とは本来、紀に書かれているように葛城の宅という意味であろうか?

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臣の子は (たへ)の袴を 七重著(ななへを)し 庭に立ちて 脚帯徒為(あゆひなた)すも*10

『日本書紀』の雄略即位前紀に上記の円大臣の妻が詠んだ歌が伝わっている。
大意は「わが夫の大臣は白い栲の袴を、七重にお召しになって、庭にお立ちになり、脚結を撫でておいでになる。」

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贄宿禰は黒彦皇子の御母<乳母>が贄宿禰の母であり*11

『古事記伝』によると、坂合部連贄宿禰が皇子の屍を抱いて死んだことを、境之墨日子王<坂合黒彦皇子>と乳母に所縁があり、(「坂合」と同じ意味の)「境」は乳母の姓であると推測している。

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葛城の神の御使いは狐である*12

柳田國男の「一言主考」では狐と一言主に関わる伝承が紹介されている。詳細は当サイトのアカイイト元ネタ分析「尾花が狐の姿をしている理由」を参考にしてください。但し、上代から一言主と狐の信仰に関わりがあったのかは不明。

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参考文献

『先代旧事本紀 [現代語訳]』 志村裕子(訳)・安本美典(監修) 批評社
『全現代語訳 日本書紀(上)』 宇治谷孟 講談社学術文庫
『日本書紀(五)』 坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋 校注 岩波文庫
『口語訳 古事記 [完全版]』 訳・注釈 三浦佑之 文藝春秋
『古事記(下) 全訳注』 次田真幸 講談社学術文庫
『新訂 魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝 中国正史日本伝(1)』 石原道博編訳 岩波文庫 
『別冊歴史読本 事典シリーズ35 日本古代史「記紀・風土記」総覧』 新人物往来社
『シリーズ「遺跡を学ぶ」079 葛城の王都・南郷遺跡郡』 坂靖、青柳泰介 新泉社
『謎の古代豪族 葛城氏』 平林章二 祥伝社新書
『日本書紀の世界』 中村修也・編著 思文閣出版
『日本古代氏族研究叢書1 物部氏の研究』 篠川賢 雄山閣
『歴史群像シリーズ特別編集 古代天皇列伝』 学研
『古事記事典』 尾畑喜一郎 編 桜楓社
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